子供から大人まで、大変幅広い年代に支持されているジブリ作品。
こんな方も多いと思います。
ほのぼのしたり、そして時には悲しくなったりと、感情を揺さぶられるストーリーと個性豊かなキャラクターが魅力ですよね。
家族で楽しめるジブリ作品ですが、多くの都市伝説が語られているのはご存じですか?
その中から9つの都市伝説を作品別にご紹介。
この記事を読むと、作品に対する考え方や観る角度が変わってより深く物語を楽しめますよ。
ジブリ作品にまつわる都市伝説とは
そもそも、なぜジブリ作品の都市伝説なるものが存在しているのでしょうか。
ジブリ作品はハッピーエンドで締めくくられる物語が多いですよね?
それでいて、人としての在り方を問うメッセージ性も含まれた深い物語ばかりです。
しかし裏には、かなり怖い都市伝説が隠されていたのです。
- 風の谷のナウシカ
- となりのトトロ
- 火垂るの墓
以上3作品から3つずつ、特にゾクッとする都市伝説をご紹介します。
風の谷のナウシカ
今やジブリ作品の代名詞とも言える『風の谷のナウシカ』。
実は1982年から1994年まで、アニメ雑誌で連載されていた漫画なのです。
もちろん作者は宮崎駿監督。
私達の知る映画は1984年公開ですが、実は当時、スタジオジブリはまだ存在していません。
ですから『宮崎駿作品』と呼ぶのが正しいでしょう。
SF色が強い作品らしく、都市伝説も人工的な香りが漂うものとなっています。
『風の谷のナウシカ』の舞台は火星だった
作品の世界観から、当然現代の物語ではなく、また舞台は日本でもありません。
SFの傾向が強い『風の谷のナウシカ』ですが、火星を舞台にしているといった説があります。
火星の地表は赤錆を多く含んでいますが、これは錆とセラミックに覆われているナウシカ達の世界と似ています。
また、火星の重力は地球のおよそ40パーセント。
『風の谷のナウシカ』には、メーヴェと呼ばれる乗り物が出てきますよね?
あのような小さなエンジンを載せた道具で人間が空を飛ぶのは、地球の重力では難しいと思われます。
しかし重力が小さい火星であればどうでしょうか。
風を操る一族であれば可能かも知れません。
子供の頃は純粋に『あんな風に飛べたらいいなぁ』としか感じませんでしたが、今考えると火星説もアリなのかなと思えてきます。
人間が生み出した巨神兵
ナウシカの世界から1,000年前、巨神兵が七日間で文明を崩壊させたとされる『火の七日間』。
無数の巨神兵が人類の作り上げた文明を焼き払う映像が記憶に残る方もいるのではないでしょうか。
筆者は映画鑑賞当時かなり幼かったのですが、あのショッキングな映像は記憶に残っています。
BGMも恐怖心を煽るのに十分でした。
巨神兵は、実は当時の旧人類が作った人工の神。
当時、高度な文明を持つがゆえに人々の争いが勃発したために有害物質が世界を汚染していました。
旧人類は巨神兵を使い、世界を焼き尽くし浄化を試みたのです。
その浄化の間、旧人類は世界が生まれ変わる日まで眠りにつきます。
神様を作り出すとは、旧人類はかなりの技術力と知識を持ち合わせていたのでしょうね。
ナウシカのいるファンタジー色の強い世界から1,000年も前とは考えられません。
ナウシカは旧人類が作った人造人間
映画では語られていない衝撃的な事実。
ナウシカ達は、実は旧人類によって作られた人造人間だったのです。
『火の七日間』によって世界を浄化しようとした旧人類は、浄化を終えるまでの間眠りにつきます。
では、世界が完全に浄化された時に誰が旧人類を目覚めさせるのでしょうか。
その役割を担うために作られたのがナウシカ達です。
『火の七日間』以降、汚染された世界が徐々に浄化されていく中で生きられるように作られた存在。
それが『風の谷のナウシカ』に登場する人類だったのです。
恐ろしい話ですが、完全に浄化を終えた世界で、ナウシカ達は生存できないように作られています。
高度な文明を持つ旧人類との間で争いが生まれるリスクを回避するためでしょう。
人はいつの時代もエゴイストなのだと思わずにはいられません…。
自分達の復活の為だけに新たな人類を生み出すとは、命を道具のように扱っているのと同じではないでしょうか。
人造人間とはいえ、彼らにも営んできた生活があって積み上げてきた歴史があるのです。
実はこの事実は映画版では語られていません。
映画版は、原作7巻の内2巻の途中までのストーリーを元に制作したものです。
壮大な物語の、ほんの序章に過ぎません。
原作では更に衝撃的な事実が明らかになっていますよ。
となりのトトロ
『となりのトトロ』は1988年公開のジブリ作品です。
昭和30年代の日本を舞台に制作されました。
これぞジブリと思わせてくれる心温まるファンタジー作品で、主人公姉妹・サツキとメイの成長物語とも言えるでしょう。
トトロをはじめ、森の中に住む不思議な生き物達との交流が描かれています。
また、懐かしさを感じる風景描写や人々の関わりの様子がじんわりと心を温めてくれる作品です。
ハートフルな魅力がたっぷりの『となりのトトロ』ですが、この作品にも実は都市伝説がいくつか存在します。
実はサツキとメイは亡くなっていた
大変ショッキングな内容ですが、これには理由があります。
映画後半で、サツキとメイの影が消えてしまっているのです。
確かに、それまで描かれていた影が消えてしまったら観ている人はびっくりしてしまいますよね。
筆者はそこまで細かな点には気付けませんでした。
もし気付いていたら「いつ亡くなってしまったの?」と混乱していたと思います。
実は影が描かれていないのは制作側の意図によるものでした。
背景の描写に強いこだわりを持っていた当時の美術監督・男鹿和雄氏は、背景による時間経過の表現を試みました。
影の描写もその1つで、真昼の影は人や物の真下に、夕方の影は横に描くといった描き分けをしていたようです。
よく見るとサツキとメイだけではなく、他のキャラクター達も影のないシーンがあります。
作中で影が必要ないと判断し、あえて描写しなかったのですね。
狭山事件
1963年に、埼玉県狭山市で実際に起こった痛ましい誘拐事件が『狭山事件』です。
『となりのトトロ』はこの事件と共通した部分が多いと言われています。
- 作品の舞台が埼玉県所沢市で、事件のあった狭山市に近い
- 主人公姉妹の名前、サツキとメイはいずれも5月を表しているが、事件が起こったのも5月である
- 妹が誘拐された後、探し回る姉の姿が目撃されている
これらの共通項から狭山事件との関連が囁かれていますが、実際の狭山事件の被害者はサツキとメイよりもずっと年上の姉妹です。
事件発生後、姉の1人が身代金の受け渡し要因としての役割を担った事実はあります。
しかし実際は、兄や警察も捜索に乗り出していたようです。
しかも、最初映画の主人公は姉妹ではなく1人の少女の予定だったのだとか。
姉妹の設定に変わった理由は、宮崎監督が上映時間を延ばせると考えたからでした。
狭山事件自体は、大変残酷で今なお謎が残る後味の悪い事件です。
ファンタジー色の強い『となりのトトロ』がこの事件をベースに作られたとは、到底考えられません。
全て父親の妄想だった
『となりのトトロ』は父親の妄想を描いた物語。そんな都市伝説も存在します。
サツキとメイの父親は大学で考古学を教える傍ら、翻訳の仕事もしており、作中には書き物をしているシーンも出ています。
実はこれは『亡くなった娘達が生きていたら』と想像しながら執筆していたとの説が流れているのです。
サツキとメイの影が途中から消えている点については先述した通りです。
この説は、美術監督の話からも制作側の意図があっての描写なのだと分かりました。
他にも、父親の妄想説を裏付けるような話があります。
物語の終盤で、迷子のメイを見つけたサツキ。
2人がネコバスに乗って、母親が入院する病院へ向かうシーンがあります。
母親の病室の窓辺にトウモロコシをそっと置き、傍の木の枝に座って母親と見舞いに来た父親を笑顔で見守る2人。
なぜ直接会いに行かなかったのでしょう。
もちろん、直接会ったら「遠い病院までどうやってたどり着いたのか」と言及されそうです。
ですが物語の世界観から考えて、不思議なことは不思議なままにしておいても問題なさそうな気がしますね。
こういった点からも、サツキとメイは既に死亡していて、物語はすべて父親の妄想によって生み出されたものだとの都市伝説が語られるようになったのです。
筆者は何度も『となりのトトロ』を観ていますが、父親の妄想だとは全く感じませんでした。
子供に先立たれた父親の頭の中で生まれた物語ではなく、子供達だけが知りうる不思議な存在との触れ合いの物語であってほしいと思います。
また、サツキとメイそれぞれの心の成長が感じられる物語でもありますね。
火垂るの墓
こちらもジブリ作品の中でも名高いですね。
戦時中の日本を舞台に、幼い兄妹が2人だけで生きようとする姿を描いた『火垂るの墓』。
実は小説を元に作られていたのはご存じでしょうか?
映画は「僕は死んだ」と呟く主人公・清太の声で始まります。
ただでさえ胸を締め付けられるストーリーなのに、悲しい都市伝説があるのです。
1つずつ見ていきましょう。
ポスターに隠された黒い飛行機
『火垂るの墓』のポスターは、夜の原っぱで清太と節子の兄妹が蛍の光の中にいる姿を描いたものです。
幻想的にも見える光景ですが、2人の頭上には飛行機が描かれているとの噂が立ちました。
検証のため画像解析を行った人もいましたが、その結果、確かに黒い空の中に黒い飛行機の姿があったのです。
この飛行機はB29戦闘機とも言われています。
ポスターの夜空にこんな恐ろしい事実が隠されているとは、筆者は全く気付きませんでした。
一見、幼い兄妹が無数の蛍の光に包まれている、ほっとするような光景を描いたものです。
事実を知ってしまうと途端に悲しい光景に見えてきます。
『火垂る』は爆撃弾を表している
タイトルの『火垂る』の文字に違和感を覚えませんか?
ポスターや映画の内容からも、『蛍の墓』の方が似つかわしいように感じます。
なぜ『火垂るの墓』なのでしょうか。
実はタイトルの文字にも隠された秘密があるのです。
「火垂る」はそのまま解釈すると「火が垂れる」になります。
前述したポスターには、たくさんの蛍の光が丸く描かれていますよね?
その中に混じった、縦長い光にお気付きでしょうか。
まるで「火」が「垂れている」かのように。
この縦長い光は、暗闇に紛れてB29が落とした焼夷弾を表していると言われています。
つまり清太と節子は、爆撃に晒されていながらも蛍の光に包まれて笑顔を浮かべているのです。
ラストシーンの清太と節子
『火垂るの墓』は、命を落として霊になった清太と節子が現代の神戸の街を眺める姿で終わっています。
2人は成仏できずに、ずっと時代の流れの中に留まっていたのです。
冒頭では「僕は死んだ」と語る清太の言葉があり、最後は霊魂の清太と節子の虚ろで悲しい姿があります。
世の中が復興し栄えていく様子を、戦火に晒されていた時のままの姿で見つめてきた2人。
終わらない戦争の中に、清太と節子はまだ囚われているのです。
2人に手を差し伸べる誰かがいてくれたら、何かが変わっていたのでしょうか。
作中、清太は14歳、節子は4歳でした。
この幼い兄妹が生きていくには、あまりにも世の中は冷たく、混乱していたのでしょう。
魂だけの存在になった2人がきらびやかな神戸の夜景をどんな気持ちで見つめていたのかと思うと、大人として居たたまれない気持ちになります。
まとめ
ジブリ作品の都市伝説を9つお話ししました。
いずれも、背筋がヒヤリとするものばかりでしたね。
子供の頃は主人公に同化して、純粋に「すごい!」「楽しい!」「悲しい…」と思いながら観ていた映画。
大人になってみると裏に隠された制作側の意図が見えてきて、また違った角度から楽しめます。
時にはより深く悲しみを感じる場面もありますが、経験を重ねた大人世代だからこそでしょう。
もし自分の子供が主人公の立場だったら、親として何が出来ただろう。
もし自分があの場にいたら、大人として助けになれたのかな。
主人公達同様の子供目線から、視野が広がった大人の視点へ変化すると、作品から受け取るメッセージも一層深みを帯びてきますね。
この記事をきっかけに、もう一度ジブリ作品を鑑賞したいと感じてもらえたら嬉しく思います。